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*第一章 母親殺しと呼ばれた悪役令息 第一話*

مؤلف: 伊藤あまね
last update تاريخ النشر: 2026-07-01 18:00:57

「いいだろう? 私だってもう十九だ。馬小屋の仕事ぐらいできる、やらせてくれないか?」

「あー……エリオットさま……お気持ちは有難いのですが……ここは俺たちにお任せいただけませんかね」

 厩番うまやばんの人手が足りないことは、もう随分と前から聞いていた。しかも最近では気性の激しい馬が新しく入ったと聞いていたので、何某かの力になれればと思い、早朝から馬小屋に顔を出してみたのだ。そうして馬たちにエサを与え、少しでも役に立てれば――ひいては少しでも誰かに好感を持ってもらえればとエリオットは考えていた。

「そこを何とか頼めないかな、この通りだ」

 しかしそれは全く役に立つことはなく、むしろ見知らぬ人間が馬小屋に立ち入ったことで新入りの馬はおろか、他の馬たちまでも騒ぎ立て始める事態になってしまったのだ。

「しかしそう言われましても……現にここはもう手がいっぱいなんですわ」

「…………」

 年長の厩番が申し訳なさそうにそうエリオットに告げている間も、馬たちは鼻息荒く暴れまわり、飼葉かいばを蹴散らしていなないている。まるで蜂の巣をつついたような騒ぎに、他の厩番たちもうんざりした顔をしているのが見えた。

「ったく……ご令息様の気まぐれで慣れないことに首を突っ込まれても困るんだよなぁ」

「片付けはこっちがやらされるんだっつーのに」

 聞こえよがし若い厩番たちが言い交わす言葉が聞こえ、エリオットは居た堪れなくなってくる。しかしそれでも、役に立ちたい気持ちに変わりはなく、つい目の前の厩番の男に縋るように請うていた。

「なあ、お願いだよ。私だけ、未だに馬に懐かれてないから……」

 父親は勿論、一番上の兄もその下の兄も、この伯爵位にあるハイランド家の男子は乗馬が得意だ。だがただひとり、エリオットだけが馬に触らせてもらえてすらいない。何故だか馬がエリオットを怖がり、いつも怯えてしまうのだ。

「いったい何の騒ぎだ」

「ああ、アルバート様……」

「兄上……」

 騒ぎを聞きつけたのか、それとも誰かが伝えに言ったのか、長兄のアルバートが苛立った様子で馬小屋に現れた。

 荒れ放題の馬小屋の状況を見るなりアルバートは顔をしかめ、そしてエリオットの方をにらみ付ける。

「またお前か、エリオット」

「いえ、私はただ手伝いをしようとしただけです」

「じゃあこの状況は何だと言うんだ」

「それは……」

 アルバートに詰寄られ、エリオットが答えに窮していると、「実は、エリオットさまがどうしても馬に乗せてくれと仰るもんで……」と、厩番の男が口を挟んでくる。しかしそれはエリオットをフォローするためではなかった。

「こちらといたしましては、気性の荒い馬がいるんで危ないからお控え頂きたいと申しているんですがねぇ……なかなか聞き入れてくださらなくて」 

 どうやらアルバートが呼ばれたのは、エリオットが頑として馬に触らせろと我儘を言って困っていると伝えられたらしい。エリオットとしてはそんな意図でここに来たわけではないのに。

「エリオット様のお気持ちはわからなかねえんですが、ご令息に何かあってはいけませんからねぇ」

 厩番の言葉にアルバートはじめ他の厩番たちも肩をすくめて嗤っている。その状況はあまりに居た堪れなく、エリオットは申し開きすらできない。

 そこまで言われてしまうと、それ以上言い募ることは見苦しいというものだろう。それくらいのわきまえはエリオットにだってある。しかしこのままではエリオットがただ我儘を一方的に言ったようにしか思われない。

「使用人に過剰に気づかいをさせるなど、ハイランド家の子息として情けなくないのか?」

「ですが、兄上」

「言い訳は聞かないからな。さっさと部屋へ戻って自分の行いを反省するんだ」

 まるで幼子に言うような苦言に、周りの使用人たちがクスクスと声を潜めて嗤っている。そしてどこからか「これだから成り上がりの子息様はわきまえをご存じない」という声まで聞こえる。その言葉に、エリオットはグッと拳を握りしめてうつむくしかなかった。

「……申し訳ありません、兄上」

 わかったならもう部屋へ帰れと追い払われ、エリオットは足早に馬小屋をあとにする。冷たい視線と笑い声が胸を抉るように突き刺さる。

「やれやれ……あの“母親殺し”にも困ったもんだ。どうも我儘でいけない」

 アルバートの聞こえよがしの言葉に、じわりと涙がにじみそうになり、エリオットは足を速める。いつも言われ慣れている言葉ではあるけれど、いつまでたってもそれから受ける痛みには慣れることがない。それはエリオット自身の出自が影響しているからだろう。

 エリオットの母は、元はこの伯爵位のハイランド家に仕えるメイドの一人だった。しかし父親に手を出されてエリオットを身籠ってしまい、幼い頃は平民として暮らしていたのだ。

 だが、エリオットが四歳の頃に母親が突如として行方不明になって置き去りにされたことで、やむなくハイランド家の末の令息として養子に入って現在に至っている。すべては庶子という存在を気にするハイランド家の保身のためだ。

 しかし養子に入って伯爵令息になったものの、エリオットには最低限の教育も受けさせてもらっておらず、立場としては使用人とそう変わらない。平然と先程のように皆の前で罵られ、嗤われ、惨めな思いをするばかりだ。

「母さんが生きていたなら、私がこんな目に遭うことはなかったのだろうか……でもだからと言って、私が母さんを殺したわけではないのに」

 いくら探しても見つからない母親の行方は、いつの間にかエリオットが殺したのではと義母や兄たちをはじめとする家族に疑いが駆けられ、いつの間にかそれが“母親殺し”という不名誉な異名にまでなってしまっている。どれだけ違うと無実を訴えても、所詮は平民のことだと言われ、出自を隠すために母親を殺めたのではまで言われてしまう始末。出自を理由に誰ひとりとして家族はエリオットの話に耳を貸してはくれない。

 それでなくともエリオットは華奢で、十九を迎えるのに少年のように小さい。その上色白でそばかすのある肌に大きく二重の緑の目が余計に幼く見せてくる。そのせいで使用人からは必要以上に侮られて子ども扱いをされ、振る舞いがわがままだととられることが多い。

「皆に話を聞いてもらうには、伯爵令息としてあるべき姿を取れば良いのではないだろうか」

 日々冷遇される状況を打開するためエリオットはそう思い付き、実際に行動に移してみていた。

 例えば、流行りの風邪で厨房の人員が足らないと言われれば加勢を申し出ることもあった。

「イモの皮むきなら私でも出来る。やらせてくれないか」

「いや、しかし……」

「大丈夫、父上たちには私から上手く言っておくから」

 伯爵令息から直々のそう言われてしまうと使用人たちも断りようがなく、渋々といった様子で受け入れてくれはしたのだ――現実はエリオットの思い描いたようにはいかない。

 その日エリオットが皮むきを担当した野菜のスープを食すると、何故だか食べた者が食あたりを起こす騒ぎとなってしまったのだ。

 当然、父や長兄のアルバートらかは烈火のごとく叱られ、罰として数日エリオットの食事が抜かれてしまった。

 それを知った使用人たちが委縮してしまい、エリオットからの手伝いの申し出を受け容れようとはしなくなってしまったのだ。

 厨房がダメなら馬小屋を……と思って今朝顔を出してみたのが先程の件で、それもまたただ現場を混乱状態にさせてしまい、厄介者扱いされただけだった。

 その他にも、薪割りを手伝おうとすれば傍にいた使用人に薪が当たってケガをさせたり、お茶の給仕をしようとしてひっくり返してしまったり、兎に角エリオットが何か王道するとろくなことが起きないのだ。

「どうして私が何かをしようとすると、いつもよくないことになってしまうんだろう……ワザとじゃないのに」

 とにかく、エリオットが周りに親切にして、母親殺しの汚名を返上しようとすればするほど、引き起こされる結果は彼の願いとは真逆のものばかり。それらが積もりに積もったせいもあって、エリオットはハイランド家のわがまま令息とまで噂されるようになり、母親殺しの異称と共に不名誉な肩書ばかりが増えていくのだった。

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